2017.12.04 チャト
綺麗な夕焼け。

昨日、チャトがあの空に昇っていったんじゃないかなぁと思いましたヨ。

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久しぶりに公園ずというカテゴリでブログを書くなぁ。



サーちゃん、お休みのところ悪いけど、お知らせがあります。



「なにヨ#」
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サーちゃんとも年中ぎゃーぎゃー合戦していたけれど、公園の仲間、チャトが天国へと旅立ちました。




2010年、既に10何歳?!
でもまだまだ元気いっぱいで若若しかった( ´艸`)




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チャトはあさりちゃんのことも知ってるね。

サリーもあさりももともとは公団と線路の間の植え込みに居たんだよ。

永遠の名コンビ、メレンゲの血縁だけど、一足お先にいきましたので、仲よくしてあげてください。
喧嘩しないように。


「天国では新猫扱いです。。」2010年のあさりちゃん
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新入りチャトのこと、ウーさん、あとよろしくね。

「ファ~」
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公園の猫たちは2008年からの知り合いなんで、存命のほうが少なくなりました。

年上からいうと、サリー、かつら、チャクリン、写楽、テテン、ミニョン、それとチョビだ。

みなさんはもう少しこの世にとどまって楽しい時間をすごしましょう。



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まんまるで私好みのすばらしい後頭部


2011年1月
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そんでもって茶髪のぱっつん


かつら・・・そう、ウィッグっぽい


だから、かつらって名なんだよ。



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2010年11月 かつらの去勢と抜歯
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2010年どこからともなくやってきたこの子は、その時点でしっかり体は成長していたし、大きな立派な顔をしていたので、私の見立てでは、そのころすでに若くとも3,4歳。

ダブルキャリアだけど、今もう軽く10歳は越えてるよ。

良い子で、可愛くて、立派で、誇らしい。



2017.04.12 10年ひと昔
あんら・・


メレンゲと茶白のかわいこちゃん


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いつものなさけな顔のしじみちゃんと、わかーいあさりちゃんと、茶白のカワイ子ちゃん

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茶白のかわいこちゃん、チャトに出会ったのは10年近く前よ~!

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出会ったときから既におばさんだったから、今は~・・・?!





7年前にはうちに泊まりにきて、とんちゃんにシャー言うてました。

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いろんな思いがあって、昔のブログを見るのは好きではない、とはいえ、10年ひと昔だなぁと思うよ。






2016.05.21 うん、命日だ
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最後一緒に花見して、私の弁当から盗み食いしようとしてたわりには、なんとなーくアンニュイな雰囲気でもったりしてたんだよね。
もともと寝ぼすけだし、寒い冬が終わり春で緩んでるだけ?って感じだったけど、そうでなかったんだな。

2011年は異常な年だったから、あの地震がなかったら、もしかしたらメレンゲは発症しなかったんじゃないかと思ってる。



ステロイドで一旦症状がなくなりうそみたいに元気になったんだ。

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君病気だってのに、ふっといおなかだなぁ。

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入院時は酸素室にいたのだけど、退院してからは2週間は元気で、狭い酸素室でなんて大人しくしてなかったもんね。

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5.5キロで亡くなりました。
太ったまんまで天国へ行ったのはメレンゲらしい。
長患いしないでよかった。




テテン、美人でしょう。

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ちょっと変わった子だけど、サーちゃんママとメレンゲのいい所と悪い所を混ぜてひとつにしたような子です。

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ひょうきんで、やんちゃ、どんな悪さしても憎めないところはメレンゲ似だね。

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今日は公園白族スペシャルだ





うーさんがこんなで、若くて(当時10歳)、ぴかぴかだったころ

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茶ボスはこんなで

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2010年5月11日に旅立ちました。




カレンダーを見て、あー今日は茶ボス君の命日だったなぁって思いだした。

下半身を引きずって公園の夜ごはんに現れ、コートに包んでタクシーで連れて帰りました。

ダブるキャリアでうるると同じ10歳位?
茶ボス君も洋猫の血が入っている感じだで、うるると同世代と思われました。

自宅に連れて帰ってから一度だけ病院で血液検査とレントゲンだけとったけれど、その後は一切の医療行為はなし。
ロビンにやり過ぎてしまったことをとても後悔していたころだったので、自然に任せようと言う気持ちが強かったので。

でも、保護後ひどい痙攣が続いた1日があって、きっとひどく痛かったに違いない。
痛みを取り除くために病院に連れて行くくらいすればよかったってずっと思っています。

半身不随でおしっこは垂れ流し、酷い床ずれになってしまいアンモニアで肉は溶け、骨が露出していました。
寝返りを打たせてもすぐに元の体勢に戻ってしまうので、寝返り打たせるのもやめてしまったし。

結構食べていたのでお腹がパンパンなんだけど、うんちを出すことができなくて、うんちを出してあげればよかったな。
通院はする必要はないけれど、対症療法のための薬と皮下点滴くらいやってあげてもよかったなって、、、

ダブルキャリアだから隔離部屋に一人さみしくいたのだけど、今の私ならばみんな一緒、みんながいるところで介護してるはず。
エイズだって白血病だって、世間で言われるほどにそうたやすくはうつらないって今は知っているから。



考えるといろいろと思うところあるけれど・・。



でも、例え今悲しみの最中にいても、いつまでも喪失感がなくならないと思っていても、どんなに痛かろうが悲しかろうが、記憶ってのは心の奥の方に仕舞われていくんだなぁってことも同時に思います。