うーさんがこんなで、若くて(当時10歳)、ぴかぴかだったころ

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茶ボスはこんなで

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2010年5月11日に旅立ちました。




カレンダーを見て、あー今日は茶ボス君の命日だったなぁって思いだした。

下半身を引きずって公園の夜ごはんに現れ、コートに包んでタクシーで連れて帰りました。

ダブるキャリアでうるると同じ10歳位?
茶ボス君も洋猫の血が入っている感じだで、うるると同世代と思われました。

自宅に連れて帰ってから一度だけ病院で血液検査とレントゲンだけとったけれど、その後は一切の医療行為はなし。
ロビンにやり過ぎてしまったことをとても後悔していたころだったので、自然に任せようと言う気持ちが強かったので。

でも、保護後ひどい痙攣が続いた1日があって、きっとひどく痛かったに違いない。
痛みを取り除くために病院に連れて行くくらいすればよかったってずっと思っています。

半身不随でおしっこは垂れ流し、酷い床ずれになってしまいアンモニアで肉は溶け、骨が露出していました。
寝返りを打たせてもすぐに元の体勢に戻ってしまうので、寝返り打たせるのもやめてしまったし。

結構食べていたのでお腹がパンパンなんだけど、うんちを出すことができなくて、うんちを出してあげればよかったな。
通院はする必要はないけれど、対症療法のための薬と皮下点滴くらいやってあげてもよかったなって、、、

ダブルキャリアだから隔離部屋に一人さみしくいたのだけど、今の私ならばみんな一緒、みんながいるところで介護してるはず。
エイズだって白血病だって、世間で言われるほどにそうたやすくはうつらないって今は知っているから。



考えるといろいろと思うところあるけれど・・。



でも、例え今悲しみの最中にいても、いつまでも喪失感がなくならないと思っていても、どんなに痛かろうが悲しかろうが、記憶ってのは心の奥の方に仕舞われていくんだなぁってことも同時に思います。




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